カート

BILLY'S Meet Tokyo Creator

actor kiyohiko shibukawa モデルとして数々のファッション誌で活躍し、98年に映画「ポルノスター」で俳優デビュー。その後「渋川清彦」へ改名。独特の空気感と飾らない佇まいで映画、ドラマ、舞台など多岐にわたり活動、観ている人達を魅了し続けている。自身もロカビリーバンドを組むなど50年代のカルチャーをこよなく愛し、体現している。芯は揺るがない物はあるものの、決して飾らずあくまでも自然体な姿勢で語ってくれた。

全く知らない場所に行って自分のペースで街を歩く事。

Q. 今、一番楽しいことはなんですか?自身の身ひとつで様々な役を演じる俳優という職業の中、他の誰もが持てない唯一無二の雰囲気と存在感で人々を魅了し続ける渋川氏。氏のクリエイションとは、演じる事で生みだされていく。仕事をする中での楽しい事とは?
「直接的な仕事のことではなくて、そこから派生している事で申し訳ないけど。苦笑。一番楽しいのは、撮影で全く知らないところに連れて行ってもらう事が多く、空き時間に一人で街をブラブラと歩くことですね。撮影じゃないと絶対行けない様な場所に行って、全く知らない中で街を歩き何となく良さそうな店に入ってそこの地の物を食べたり、地のお酒を飲んだりする事が最高に楽しい。そもそも、歩くのが好きっていうのもあるんですけどね。国内だと特に下北半島は最高でしたね。恐山があるところです。インドネシアのバタム島も良かったですね。映画の仕事で行かせてもらったんだけど、あそこは最高でした。インドネシアはある程度決められたお店にしかお酒を置いてないので、強いていうならそこは多少苦労しましたね。バーとか居酒屋も少なかったですしね。」
自身の感覚と、その時の気分で自由奔放に街を歩いている姿が想像できる。そういった経験と体験、実際に肌で感じた事が仕事をする上で、少なからず演じる事のプラスになっているのかなと勝手に思ってしまった。

インタビュー写真1

何も考えずに温泉入ってゆっくりしてる時が贅沢。

Q. 贅沢な時間はどのような時ですか?日々、とても緊張感のある中で仕事をしているという。何にも縛られず自分だけの時間をすごせる時が贅沢な時間だと語ってくれた。
「ぼけーっと風呂に浸かってる時ですね。月に1回くらいは地元の群馬に帰っていて、帰ったら必ず温泉に行きます。その時は、ただ風呂に浸かるだけ。そして、サウナに入って水風呂入ってを何回も繰り返すんです。そうすると何とも言えない良い感じになるんですよ。笑。それで時々、そこにいるおじさんと話してみたり。特に地元の場合だと勝手知ってるから、変に気を使ったりしなくてすむんですよね。」
携帯電話もなく、もちろんインターネットも無い。今だと数少ない空間と時間。そこに身を置く事。それは確かに贅沢で貴重な時間だと思った。
「いつも大体2時間ぐらい入ってて。特に何を考えるとかじゃなくて、ただ過ぎていく時間に身を置く。それが贅沢な時ですね。」
個人的に氏の好きな部分、それは自然体である事。まさにそこを垣間みれて嬉しかった。地元に帰るのも高速バスを選択しているという。
「高速バスで帰るのが好きです。電車より楽だしゆっくり出来るし、そんなに揺れないから本を読む時間にあてられるので、ほとんど高速バスで帰ります。そう考えるとバスに乗ってる時間も好きですね。」

インタビュー写真2

何となくだけど、ずっと持ち続けているお守りみたいな物かな。

Q. 大切にしている思い入れのあるアイテムはありますか?
また、それはどんなものでしょうか?
「ずっとコレ持ってるみたいなのが正直そんなに無くて、、苦笑。」
という前置きがありながらも、
「この鈴は、昔京都のお寺に行った時に買ったものなんですけど。お寺は普通は狛犬だけど、そこは狛虎がいて珍しいなと思って。自分が寅年だから、ちょうどその時に寅グッズを集めてて、鈴って魔除けの意味もあるから速攻買いました。それから十数年、何となく鞄に付けてます。」
正直、氏からはなかなか想像できない物だったのでとても興味が湧いた。
「調べたんですけど、上手く説明できないので、ウィキペディアに載っているので、気になった人は鞍馬寺で調べてみてください。(笑)」
と話してくれて、一言
「何となくずっと持ち続けているお守りみたいなものですね。この鈴は。」
何となくだとしても、もう何年も持ち続けている。その、何となくだけど持ち続けているというところもカッコいい。続けて、まさに氏らしい話の展開になっていった。
「げん担ぎが好きですね。いま厄年なんですけど、役者って役を払わないって意味もあって、厄は払わないですね。そのせいか分からないけど、20代前半の厄の時は割と大きい怪我しました。けどその怪我が治ってから割と忙しくなってきましたね。最近思うのが、若い時ってみんな元気あるから外的な厄が降り掛かって来て、俺の歳になると内的なというか、病気的な心配は正直あります。なので厄を払うのではなく、げんを担いでいます。」
厄を受け入れ役を得る。こんな簡単に言葉で表現して良いか分からないが、シンプルにこう思った。役者さんならではの覚悟というか、心持ちに鳥肌が立った。

インタビュー写真3

自分自身。

Q. 共に過ごしてきた思い入れのものはありますか?仕事をする上でずっと使い、身近にある物は何でしょう?という、氏にとっては難しい質問だろうと思いながらも投げかけたところ、若干悩んで、
「自分自身ですかね。」
と一言の後にこう続けてくれた。
「仕事感は多少変わったかな。自分なりに役柄の事について調べる様になったりとか。公安警察の役柄をもらった時は、警視庁に見学に行って話をきいてみたりしたが公安のことは教えてくれなかったりとか(笑)。尊敬する俳優の方で”台詞は7割ぐらい入れて3割ぐらいは現場で出てくればいいんだよ”と聞いたことがあるんですけど、実際にやろうとしてもまだできてないですね。俺は怖いから長い台詞の時は叩き込んで何回も繰り返します。芝居って正解がないから、常に探っている状態です。ある程度、監督さんに委ねている部分はありますね。オーバー気味に芝居するのを良しとする方もいれば、自然体を好む監督さんもいますし。その時に監督さんがOKと言ってくれたものがその時のOKだと思っています。性格的に、あんまり自分からもう一回やらせて欲しいとは言わないです。」
「園子温さんの映画に呼んでもらって作品を見終わったあと、作品のトーンと自分の芝居に違和感を感じて園さんに聞いたんですよ。そうしたらそのままでいいよって言ってくれましたが、自分では腑に落ちませんでしたね。」
正解がないクリエイションを日々生み出さなくてはいけない重圧と技量を磨く事。それはとても途方も無い作業、常に何かを吸収し、日々の積み重ねから生まれるものなのだなと感銘をうけた。続けて、なんとなく話を聞いていて分かっていたが、ドラマと映画どちらが好きですか?という質問をしてしまった。やはりこう即答してくれた。
「やっぱり映画が好きですね。」

インタビュー写真4

若い時にカッコいいと感じたCONVERSEの”ALL STAR”。

Q. BILLY’S でこのシューズを選ばれたのはなぜですか?「映画、[The OutSiders]がスゴく好きで、その中で履いてたんですよ。それがめちゃくちゃカッコ良くて、それからほぼ毎日20年以上コンバースを履いてます。そこまでこだわりは無いんですが、黒のALL STARのハイカットが多いかな。履き潰して、また新しいのを買って履き倒す。昔はONE STARも買って履いてましたけどね。」
映画を好きになり、そこに描写されている物が好きになるという。その他、どこかこの靴の好きな部分を聞いてみると、氏らしく自然体に語ってくれた。
「若い時にカッコいいと思ったのが今でも変わらない感じですね。そういった意味では頑固なのかもしれない。」
「結局、昔のデザインが好きなんだと思います。紐も綿だけの物が好きだし、トゥの部分のステッチが微妙に変わったりしてるのも分かりますね。50年代のスタイルが特に好きで、今でもロカビリーバンドやっていますし。」
インタビューを通じ、やわらかくも骨太な無骨さを強く感じられて、多くの男性から支持される理由を改めて感じられた。


Profile

渋川清彦 / Kiyohiko Shibukawa

1974年生まれ。群馬県渋川市出身
KEEとしてモデル活動後、1998年に豊田利晃監督作『ポルノスター』で映画デビュー。その後も『青い春』(02)、『ナインソウルズ』(03)、『蘇りの血』(09)など豊田組に多数出演。他にも『せかいのおわり』(04/風間志織監督)、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08/若松孝二監督)、『フィッシュストーリー』(09/中村義洋監督)、『ゴールデンスランバー』(10/中村義洋監督)、『ボーイズオンザラン』(10/三浦大輔監督)、『生きてるものはいないのか』(12/石井岳龍監督)、『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(12公開/若松孝二監督)、『千年の愉楽』(若松孝二監督)、『俺俺』(三木聡監督)、『バイバイ、マラーノ』(金 允洙監督)など出演作品は多岐に渡る。
2014年には主演映画「そして泥船がいく」(渡辺紘文監督)が公開され、今後も『ソレダケ/ that’s it』(5月27日公開/石井岳龍監督)、『極道大戦争』 (6月20日公開/三池崇史監督)、『極道大戦争』 (6月27日公開/三池崇史監督)、『お盆の弟』 (7月25日公開/大崎章監督)4作品の公開が控える。

インタビュー写真5

Photo : Riei Nakagawara