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BILLY'S Meet Tokyo Creator

大橋高歩 / Takayuki Ohashi
The Apartment / The Apartment GREEN オーナー

90年代東海岸ストリートカルチャーを軸に、オリジナルのヒップホップ目線でセレクトショップや、アイテムのデザインなどをプロデュースする「The Apartment」のオーナー大橋高歩さん。
2009年に店をオープンして以来今や世界中の、ヴィンテージ好きから注目を浴びる重要人物として活躍中だ。
その大橋さんに「New Balance」の何が?どう魅力なのか?を聞いてみました。

インタビュー写真

- 街の中でのコミュニティスペースが欲しかったから

            「The Apartmnet」をはじめたんです -

「The Apartment」のルーツを教えて頂けますでしょうか?

店は2009年の3月にオープンしました。
2008年の年末に友達と忘年会で酒を飲んでいたときに、ちょうどリーマンショックの後くらいの時期で、 みんな仕事が厳しいという話をしていたことがあったんです。
そのときにどこかの会社に入るのなら、自分たちで仕事をやってみたらどうかという話になって、 自分は銭湯が好きなんで、銭湯をやりたいと提案をしたんです。
自分が銭湯をやりたいと思ったのは、街の中でのコミュニティスペースが欲しかったからなんですけど、 例えばニューヨークには、近所の人たちが集まるバーバーや街角にボデガなどがあって、 ああいう雰囲気のものを日本で置き換えてやりたいなと思ったんです。
だけど実際に調べてみたら、資金面を含め銭湯はいろいろと大変だということがわかり、 そこでずっと好きだった洋服を扱う店をやれば、そこに人が集まってコミュニティができるかなと思って「The Apartment」を始めたんです。

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「ニューヨーク」というキーワードが出ましたが、 ニューヨークに魅力を感じたきっかけは何だったのですか?

自分が初めてアメリカの文化というか、中学生くらいのときに興味を惹かれたのがヒップホップカルチャーだったんですけど、 そのときにニューヨークのヒップホップと西海岸のヒップホップを比べてみて、 住んでいた環境がニューヨークの方が近い感じがしたんです。
僕は板橋区出身で団地で育ったんですけど、その団地の感じや、板橋区のコミュニティの感じが、 東海岸のヒップホップみたいだなと感じました。
それこそNasのアルバム『Illmatic』のスリーブを見ながら、自分の地元みたいだなと思ったりして、東海岸のヒップホップカルチャーにすごく憧れていました。

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こんな話は聞かれたことがないと思いますが、 大橋さんが中学生の頃、どこに服を買いに行ってたんですか?

一番最初は池袋ですね。
小さな服屋がいっぱいあって、それこそヤマフジ屋って今はもうないと思いますが、西海岸な雰囲気のギャングスタ寄りの洋服屋があって、服に興味が出てきて最初はそういうところに行くんですけど、90年代には東海岸のインポートの店が出始めてきたので、日本人がやっている原宿のインポート屋に行っていました。
当時は竹下通りに黒人の人がやっている服屋とかもありました、だけど自分はアンタッチャブルというか、ブラックカルチャーの服をそのまま着るということは、自分の中ではやってはいけない感じがしていたので、日本人の方がセレクトされている服屋に行っていましたね。

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その当時から、黒人ファッションをそのまま受け入れるということに関しては 抵抗があったんですね。

抵抗とはまた違うかもしれませんが、例えば「Karl Kani」や「FUBU」などは、黒人の人が黒人の人に向けて作っている服。という印象だったので、自分たちが着るべきものではないというか。
なので、自分は人種を感じないアウトドアブランドや、「Champion」などの服を着るようになりました。

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- NoreagaがCartierのメガネをかけて、

            New Balanceを履いてベンツに乗ってる

            写真が衝撃的でした -

本日は「New Balance」を履いていただいていますが、「New Balance」は海外の人から見た印象と、日本の人から見た印象が異なると思うんですが、そこはどう思いますか?

日本にも地域によって経済的な格差はあると思いますが、アメリカに行くとその格差がもっとはっきりしていて、さらに人種や肌の色のトーンが違うし、信仰している宗教もそれぞれあって、色々な文化を持つ人がいるじゃないですか。
その中で「New Balance」は、限定されたスニーカーという感じます。
アメリカでの「New Balance」は、大学や白人の多いボストン発のスニーカーで、 少しハイソサエティな人たちが履くスニーカーというイメージがあると思うんです。
大統領とか起業家の人も履くスニーカー。
だからこそ貧困層の黒人の人たちが、そのスニーカーを履くことに意味が出てくるというか。
それって例えばヨットブランドの服を着たり、テニスウエアとかゴルフウエアとかを、黒人の人たちが着ている感じに近いと思うんですけど、だけど日本にはそういった前提がほとんどないと思うんですね。
「New Balance」は、数あるスニーカーブランドのひとつとして捉えているというか、そこが日本と海外の人の「New Balance」を履くときの違いなんじゃないかなと思います。

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これもお聞きしたいことの一つなのですが、大橋さんがこれまでの「New Balance」の履きこなしで、格好いいと思った人は誰ですか?

98年くらいに日本の雑誌で見たNoreaga(ノリエガ)が「New Balance」を履いている写真があったんですけど、格好いいと初めて認識したのはそのときでした。
それまで「New Balance」というと、アメリカのトラッドやプレッピーというか、自分よりも年上の服にうるさい人たちが履いているスニーカーというイメージがあったので、自分たちのようなヒップホップが好きな人たちが影響を受けてきたファッションとは無縁だと思ったんです
だけどその雑誌でNoreagaが、確か「Cartier」のメガネをかけて「New Balance」を履いて、それでベンツに乗っている写真を見て驚きましたね。
それまでNoreagaはクイーンズの貧困層から出てきたという印象だったんですけど、その人が「576」履いてインテリな感じの格好をしていたのが、自分にとってインパクトが大きくてすごく印象的で。

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その後2000年くらいにNoreagaが今度は、「574」をズラっと並べている写真をアメリカの雑誌で見たことがあって。
当時「574」は、「576」の廉価版というイメージがあったかと思うんですけど、98年くらいにNoreagaが出てきて、2000年はさらに売れまくっていたと思うんですけど、ゲットーからお金を掴みだしてさらに売れ始めたその頃に、廉価版と言われていたモデルを履いていたんですよね。
ひとつひとつにフリップしていく楽しさ、それって自分の中ではヒップホップの楽しさなんですけど、Noreagaはそれを体現していてこのタイミングでこれを選ぶのか!と自分の中では衝撃でした。

※Noreaga
95年にニューヨークのクイーンズで結成されたCapone & Noreaga名義のラップデュオの一人
90年代の、黒人ラップ旋風を巻き起こしたヒップホップ界での重要人物。

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その話は熱いですね。何故、Noreagaは「New Balance」を履くようになったんでしょうね?。

Noreagaが子供の頃に父親に抱っこされている写真を見たことがあるんですけど、そのとき父親が「New Balance」を履いていて、それも意外な感じがしたんですけど。あとは向こうの人は、シンプルに頭文字とか好きじゃないですか。だから「N」がいいと思ったのかなとか。
Nasとかも履いていたので(笑)。

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- 日本でNew Balanceは、
      いい意味であまりカルチャーの匂いがしない -

大橋さんは数多くのスニーカーをお持ちだと思いますが、初めて自分の意思で買ったスニーカーは何ですか?

自分で買ったスニーカーは「PATRICK EWING」のECLIPSというモデルです。
1992年のオリンピック・モデルだったので、トリコロールカラーのやつですね。

バルセロナオリンピックですかね。
僕はそのときは野球やっていたんですけど、深夜に放送してたバスケをずっと見ていました。
めちゃめちゃ盛り上がっていましたよね。

あのときはNBAブームがあって、「Salem」って、NBA選手が着てたブランドの服とかをよく着ていたんですけど、ブラックミュージックやニュージャックが好きな人たちは、シカゴブルズのTシャツを着たり、ジョーダンのスニーカーを履いていたりしてたんです。
だけど自分は、中学校の頃に「Salem」のTシャツを、1枚買うことになったときに、いろいろなのが並んでいた中で、まったくパトリック・ユーニングのことを知らなかったのに、ニューヨークだし黒人だし、ユーニングがどんな音楽聴いているかわからないけど、あの髪型は絶対ヒップホップ好きでしょ!と思ってユーイングのTシャツを買ったんです。
その後にドリームチームのスニーカーを買うことになったときに、みんなジョーダンとか人気のある選手を買うんですけど、僕は絶対にユーイングが格好いいと思って買いました。

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当時は大橋さんの周りの友達も、同じようなファッションをしていたんですか?

自分の周りはスケートボードをやっている人が多かったので、自分と同じようなファッションをしているような人が、いなかったんですけど、当時はパー券カルチャーみたいなのがあって、先輩からパー券が回ってきて新宿のKINGSTONってクラブとかに行くと、レゲエとヒップホップ、そこにパンクとかもかかっていて、スケートボードやる人たちが聴く音楽も、ヒップホップだったりしていたんです。
自分は視野が狭い方だったんですけど、周りの人たちは幅広くって感じだったので、ヒップホップぽい格好をしてスケートボードするって感じだったんじゃないかなと思います。

当時のスケートボードビデオを見てもパンツ太いですもんね。日本での「New Balance」の歩みをどうみていますか?

日本人が「New Balance」を、履いていることを意識をしたのはそれこそ90年代だと思います。
少し太いパンツを履いたアメカジに「576」を履いてという、原宿の人たちが「576」を履いていたイメージがありますが、それ以降、特定なカルチャーと「New Balance」が繋がっている印象が、自分の中ではあまりないです。
いい意味で日本ではカルチャーの匂いがあまりしないというか。
ただ何年かに一度、洋服屋の人たちみたいに、特定の人たちがある時期みんな一斉に「New Balance」を履くイメージがありますよね。
純粋に洋服が好きな人たちが履いているというか。

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2010年に入ってからは、襟付きジャケットとパンツのセットアップに「New Balance」を履いたスタイルも流行りましたよね。

サード・ウェーブ・コーヒーが一時期流行りましたけど、それにすごく似ている感じもします。
一つ目の波に「NIKE」等のスニーカーがあって、二つ目に「ALDEN」等の革靴があって、「New Balance」はどちらにも属さない三つ目の波というか。
もちろんスポーツブランドとして超一流ですけど、いわゆるスポーツブランドのスニーカーでもなく革靴でもない
いわばどっちものいいところ取り、みたいなイメージがすごくありました。
例えば「ALDEN」の靴ってタイムレスというか、流行に関係ないじゃないですか。
「New Balance」のスニーカーもそういうイメージですね。

スニーカーマーケットを、コーヒーマーケットの、 サード・ウェーブ・コーヒーに置き換える視点、とても勉強になります。
何かに置き換える考え方はお店の買い付けも反映されますか?

自分はいろいろわからないことがあると、音楽に置き換えて翻訳をして「これはどういうことなのか」と考えたりするんですけど、例えば音楽アーティストで、自分のやりたいことを、ずっとやり続けている中で、ファンに支えられているアーティストもいれば、このジャンルが人気というときに全体重でそこを目掛けて、一瞬でバン! といく人もいるじゃないですか。
そこを自分なりに理解しながら、自分がこの形で一生洋服屋をやりたいなと思ったときに、流行だけを追いかけてしまうと、一生懸命仕事をして買った服が半年後に着れないとか、来年は着れないとなると、売る方としては、少し不誠実なのではと感じてしまったんです。
せっかくなら長く着られるものを提供したいな、と思っていているので、そういう意味では「New Balance」はセレクトしたいと思うスニーカーです。